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仏壇に手を合わせる本当の意味

突然ですが、3月9日~13日まで、北海道の曾祖母の看護をしてきます。
少々長い休みを頂きます。

曾祖母は今年で100歳を迎えました。祝うべきことですが、本人の体力はみるみる衰え、衰弱しています。

多分、今回の帰省が曾祖母に会える最期の機会になります。

 

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今回のブログはそれに因んだ話をさせて頂きます。

 

突然ですが、僕は小さい頃、仏壇にお参りする意味が分りませんでした。


両親が教えてくれたことは、

「先祖様が見守ってくれているからそれに感謝する為に手を合わせるのだ。」
という事でしたが、存在を確かめる術の無い先祖が見守ってくれている、という考え方は納得出来ずにいました。

 

仏壇にお参りする意味が理解できるようになったのは、ほんの5年ほど前です。

 

僕は小さいころからよく「お前は思い遣りが無い」と怒られ続けてきました。
確かにそういう子供でした。

 

中学3年生になっても相変わらず、「思い遣りが無い」と叱責され続けていたので、
僕は死ぬまでずっと思い遣りを理解できないのかも知れないなと思っていたのですが、19歳の時に変化がありました。

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タイのお婆ちゃんが亡くなってしまったのです。
癌のせいで亡くなってしまいましたが、その時僕はオーストラリアに居たという理由から最期をみとる事が出来ませんでした。

 

国が離れているせいで昔から段顔を見せる機会が少なかったから、婆ちゃんは「僕に会いたかった」と言っていたそうです。
何かと理由を付けて会いに行かなかったことを、亡くなってから後悔しました。

 

 

ただ、そんな悲しい出来事にも唯一救いがあるとしたら、その出来事の後、僕は仏壇にお参りする機会が増えた事でした。

 

思い遣りが無いと言われ続けた僕でしたが、仏壇の前で手を合わせている時、お婆ちゃんに祈りをささげている時だけは、他人を思いやることが出来ました。

 

日常の中でお参りをする回数が増えるほど、思い遣りを持つ回数も増えました。

気づいたら、僕は思い遣りが無いと言われる事が無くなりました。

 

 

ここで話は冒頭に戻るのですが、


仏壇にお参りする事の意味とは、
生きている人が、今の自分をよりより良い自分になる為の儀礼なんだと思っています。

 

という事で北海道の曾祖母にはちゃんと顔を見せに行こうと思います。

生きている間に思いやりを伝えに行ってきます。

 

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